生き方つながるコミュニティ こころーたす

此の好き色・香ある薬に於て美からずと謂えり(如来寿量品)
 仏さまは苦しみを取り除くため、さまざまな薬を飲みやすく調合し、凡夫に与えようとされました。しかし、五官の楽しみにおぼれきっている者には、それが変な色やにおいをもっているように感じられ、なかなか飲もうとはしないのです。 ◇  小学生のころ、学校から戻ると、毎日のようにホウキを握った。玄関と車庫の掃き掃除が、自分の役目だった。 「幼くとも家族の一員。自分でできることは自分で」。それ…
無礙の楽説大辯才を得て(徳行品)
 仏の教えを聞くことのできた人は、どんな障害をもものともせず、喜んで法を説く精神と自由自在な説得力を身につけることができるのです。 ◇  看護婦のA子さんはこれまで、末期がんの患者さんと多くかかわってきた。その中の一人、Tさんは盲目だった。根っから明るい人で、冗談を言っては人を笑わせた。看護婦の足音を聞き分け、自分から「○○さん、おはよう」と声をかけてくれた。  大部屋には、認知症の…
種種の珍玩奇異の物には情必ず楽著せんと知って(譬諭品)
人によって違いますが、珍しいもの、おもちゃのようなもの、不思議なもの、変わったものには必ず心をひかれます。 ◇  長男の二歳のころだったと記憶している。このころの子どもは、おもちゃで遊ぶのに夢中になって、食事の時間になっても、なかなか食べようとしない。長男の場合、それが極端に表れていた。  食器の後片付けも早く済ませたいし、親の少ない自由時間というものも考えると、早く食べてほしい。つい怒…
復常不軽菩薩の阿耨多羅三藐三菩提に教化するに遇いにき(常不軽菩薩品)
 相手の仏性を拝み、その人が仏性を持っていることを教える。その言葉は、必ず相手の心に刻まれ、芽をふく時がくるのです。 ◇  ある駅のコンコースで、電車の時刻表を見上げていると、右肩に強い衝撃を受けた。瞬間、何が起こったのか分からなかった。倒れかけた初老の男性を腕で支えながら、私はやっとその場の状況を理解した。男性の手には白い杖。私の両足は黄色い点字ブロックの上に乗っていた。  「ごめ…
我年朽ちたりと雖も猶故貪惜す(信解品)
 どんなに背こうとも、背いてから何十年たとうとも、仏は衆生に対して変わらぬ愛情をもって、じっと見守り続けていてくださるのです。 ◇  母方の祖母が亡くなったのは私が二十二歳の時だった。下町育ちで勝ち気な性格。「体が痛い」とか「年寄りだから」なんて言葉は一度も聞いたことがない。入院したと聞いた時、親戚のだれしもが耳を疑った。  案の定、病院では点滴を抜いて自宅に帰ろうとする。「私は元気…
優曇波羅の如くにして(化城諭品)
 陰花植物である優曇波羅の花は、たえず咲いているのに人目につきません。同じように、仏さまも、いつもこの世に存在しておられるのですが、衆生はなかなかそれを知ることができないのです。 ◇  Uさん(五三)が少年のころの話だ。  近くにサーカスの一団がやってきた。見に行きたいが、言いだせない。生活がとても苦しかった。  運良く、割引券が手に入った。思い切って両親に尋ねた。「いいよ」。Uさ…
随喜の心を発せり(従地涌出品第十五)
 人は魂の喜びを覚えた時、実践への原動力が生まれてきます。仏の教えに心の底から感激し、それを説いた人に傾倒する--信仰者にとって最も大切な心です。 ◇  「本物」には人々の心を動かす力がある。鹿児島の養護学校で、東京佼成ウインドオーケストラの演奏会を取材した時だった。心身に障害を持つ子どもたちを見つめながら、楽団員が本番への意気込みを語ってくれた。  「演奏中、彼らは心に感じたものを…
若し俗間の経書・治世の語言・資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん(法師功徳品)
 深い信仰に達している人は、政治や経済、産業など、実際生活上の事柄についての指導を行っても、それがおのずから仏さまの説かれた正法に一致してくるのです。 ◇  計量機器メーカー本社の係長だったSさんは、突然、転勤を命じられた。「水戸の営業所に行ってくれ」。所長に栄転が決まった。だが、赤字経営の立て直しという大仕事が待っていた。  所員は十人余。営業と称してパチンコ屋に立ち寄る者もいる。…
我一切を観ること普く皆平等にして 彼此・愛憎の 心あることなし(薬草諭品)
 仏さまは、だれ一人差別することなく、すべての人を平等に見ています。ある人だけをかわいがったり、憎んだりするようなことはありません。 ◇  妻はタイの出身だ。その親戚に、とても「人のいい」叔父がいる。陽気な人柄で、だれとでも親しみを込めて接する。あいさつを交わしたあと、決まって親愛の情を込め、相手の肩に手を回す。叔父なりの愛情表現だ。そのしぐさは、私や家族だけにではなく、私の両親や恩師…
弊垢の衣を着 除糞の器を執って 子の所に往到し 方便して附近し 語って勤作せしむ(信解品第四)
 仏さまは、さまざまに姿を変えて、私たちの前に現れます。そうしていろいろと工夫して私たちの警戒心を解いてくださり、もっともっと精進するように勧めてくれるのです。 ◇  Sさんは、ブドウ園を営んでいる。あるとき、畑の中にある倉庫の脇に、明らかに人間のものと思われる汚物があった。〈なんでわざわざこんな所に〉。怒りと汚いものへの抵抗感から、掃除をすることができなかった。次に畑に行ったとき、先…
或は己事を示し、或は他事を示す。諸の言説する所は皆実にして虚しからず(如来寿量品)
 私たちは日常生活を送っていると、さまざまな問題や壁にぶつかります。しかし、自分が体験した悩み、苦しみは、私たちを人間として向上させるための仏さまのお慈悲なのです。自分が経験することは、ひとつとして無駄なものはありません。 ◇  大学二年のころ、ある先輩にこう言われた。「お前、浪人したんだって?」。世の中には、経済的理由で浪人など許されない人もいる。〈お前は甘えている〉という意味だった…
為に神変を現ずべし。若し見ることを得ば心必ず清浄ならん(妙荘厳王本事品)
 仏法の素晴らしさを目の前で見せられれば、迷いにとらわれていた衆生も、「なるほど、素晴らしい教えだ」と納得せざるを得なくなります。 ◇  十六歳の夏、私は、「骨肉腫」の診断を受けた。すぐに手術しないと命にかかわるという危険な状態。外科医は、がん細胞が転移しないよう、右足の切断を迫った。それを聞いた私と母は愕然として、言葉を失った。  死。今まで考えもしなかった命題に戸惑い、自分の生き…
如来は大慈悲あって諸の慳恡なく(嘱累品第二十二)
 如来はおおいなる慈悲の心をもたれていて、何事にも惜しむ心は少しもないのです。 ◇  東京・下町の雑居ビル。三階にNさんの事務所がある。「倒産者の駆け込み寺」。経営難に苦しむ経営者たちの相談に、無料で応じている。  かつては、Nさん自身も経営者だった。本社ビルのほか、各地に工場を持っていた。しかし、ドルショックのあおりを受け倒産。無一文になった。  新聞には、企業の倒産による「一家…
人あって悪口し罵り 刀杖・瓦石を加うとも 仏を念ずるが故に忍ぶべし(法師品)
 悪口を言ったり罵ったり、刀や杖をふるって危害を加えるなどするようなものがあっても、仏を思い出すことによって、必ずそれを耐え忍びなさい。 ◇  「Kちゃんが、あなたたちの悪口を言ってたよ」。私とA子はその言葉に耳を疑った。理由を考えたが思い浮かばなかった。  小学校三年生。A子とK、そして私。三人はとても仲が良かった。「私、Kちゃんのこと大切な友達だと思ってたのに」「なんか、裏切られ…
諸の疑悔を断じ、身意泰然として快く安穏なることを得たり(譬諭品)
 仏の教えを聞き、疑いも悔しい気持ちもなくなり、身も心もゆったりとした安らかな気持ちです。 ◇  Aさんの勤める会社に一人の青年が入社した。Aさんの娘・B子さんは、中学校時代、その青年からいじめを受け、4カ月間、登校拒否をしたことがあった。 最初、Aさんは青年への復讐を考えていた。しかし、直接の上司となり、仕事の指導や酒の付き合いを続けるうちに情が移ってしまった。純情で涙もろい彼を、…
是の観世音菩薩摩訶薩は怖畏急難の中に於て能く無畏を施す(観世音菩薩普門品)
 観世音菩薩は、恐るべき危機・困難に際しても動揺することのない精神を、衆生に施されるのです。 ◇  Nさんの長男が登校拒否を始めたのは中学校三年生の春だった。Nさんは現実を認めることができず、朝早く起きて弁当を作り、嫌がる長男を連れて学校に向かった。学校に着くまでの長い坂道。その途中で長男は決まって嘔吐(おうと)した。<ここまで来たのに>。二人で泣きくずれた日もあった。  9カ月の歳…
障外の事を見る(仏説観普賢菩薩行法経)
 われわれの目を障る煩悩に迷わされず、すべてのものごとの真実を見ることが大切です。 ◇  K子さん(五三)の母親の老人性痴ほうが始まったのは、三年前。女手一つで三人の子を育てた母親は、四年前、長男を失ってから言動がおかしくなった。正気な状態が少なくなり、やがて入院した。気丈だった母親が病室で暴れる姿に、K子さんは思わず目を背けた。  入院して一カ月が過ぎたころ。K子さんは、母親の持ち…
悲観及び慈観あり(観世音菩薩普門品)
 観世音菩薩は、すべての苦しみ悩める人を救おうという優しい思いに満ちた眼と、ありとあらゆる衆生を幸せにしてあげたいという慈しみをたたえた眼を持っておられます。 ◇  タンカー重油流出事故に関連する取材で北陸に飛んだ。  短時間だが、私も回収作業に参加した。「かわいそう。こんなに小さいウニが……」。ある時、隣にいた女の子が、油にまみれたウニを手にして言った。 ウニだけではない。身の…
度すべき所に随って為に種種の法を説く(如来寿量品)
 「私は衆生の心がけや機根の程度に応じて、適切な方法を選び、さまざまに法を説いてあげるのです」 ◇  「旅行の意味が分からん者はいるか?」。修学旅行を控えたホームルーム。先生の言葉に何気なく手を挙げた。一人だけ挙手した私を見て、先生は驚いた。「本当か!」。うなずく私の前で、先生の顔はみるみる紅潮していった。  正直に手を挙げてなぜ悪い。先生の戸惑いは私が級長だからだ。模範生にあるまじ…
善知識(妙荘厳王本事品)
 善き友(指導者)に巡り合えればこそ、人は仏の智慧を得たいと発心するのです。 ◇  物事には必ず何か裏がある--一度たたき込まれた考え方を、私は容易にぬぐいさることができなかった。人々の真意が分からず、家族の優しさにさえ、疑念が生じる。かつての職場で、私は人間として大切なものを失っていった。  常に利害関係で動く官僚や政治家、会社をゆすろうとする人々……。四六時中、彼らとの対応に奔走…
衆生を慈念すること猶お赤子の如し(提婆達多品)
 すべての人々に対して、自分の生んだ赤子に対するのと同じような愛情を抱いているのです。 ◇  先月、親父が病院で他界した。二年間に及ぶ闘病生活の末の安らかな最期だった。 この間、看護師のIさんは献身的な働きをしてくれた。食事や排泄の世話、検査による移動など、親父のそばには、いつも彼女の姿があった。  Iさん。小柄な体を少し猫背にして、いつも大股で歩く。上品な顔つきに似合わず大きな声…
如に非ず(如来寿量品)
 ものごとは必ず変化し、いつまでもそのままにある常住不変のものは、この世にひとつもありません。 ◇  あれは小学六年の春のこと。「あっ、そのシャツかわいい」。仲良しの一人が、クラスで孤立しているNちゃんに声をかけた。「ほんとだ」「見せて見せて」。注目され、Nちゃんはうれしさを隠せないといった様子だ。 この時を境に、Nちゃんはクラスメートに打ち解けるようになっていった。  <どうして…
力に随って為に説いて 種種の縁を以て 正見を得せしむ(薬草諭品)
 人々のそれぞれの能力に応じて、それにふさわしい教えを説きなさい。教えを自由自在に説く<方便>という智慧や能力があってこそ、人を導くことができるのです。 ◇  中学校最後の年。E子の担任教師は大学を出たばかりの女性だった。とにかく、担任は張り切っていた。生徒と話す時は名字ではなく、名前を呼び捨てにした。「あれって、学園ドラマの見過ぎよ」。E子は、そんな担任を無視した。校則違反の制服にペ…
但東西に走り戯れて父を視て已みぬ(譬諭品)
 自分の好き勝手な生活を送っているときは、どう生きることが正しい生き方なのかを教えてくれている人の声も耳に入らないのです。 ◇  今月一日、父が肺がんで逝った。  父は二十一歳でクリーニング業の道に入った。以来、四十五年間、洗濯、アイロン掛け、配達に明け暮れた毎日。責任感の強い職人だった。  入院中も、仕事のことは片時も父の頭を離れなかった。「早く元気になって、仕事をするんだ。おれ…
一切の業障海は皆妄想より生ず(仏説観普賢薩行法経)
 海のようにひろがり満ちている人間の一切の業(行為)の過ちも、それに原因する心身のさまざまな障りも、すべて自分中心に考える妄想から起こるのです。 ◇  昨年の十月、一人の後輩が突然退職したことを人づてに知った。体調を崩し、彼は家に閉じこもったままだ。 数日後、彼の家を訪ねた。後輩は、うつろな表情で退職の理由をぼそぼそと話してくれた。自社の売り上げを伸ばすためだけの強引な営業のやり方や…
毎に其の子を憶う(信解品)
 仏さまはいつもわが子の身の上を案じ、かたときも忘れることはありませんでした。 ◇  二年前、祖母の米寿を祝うために親戚一同が集まった。祖母を上座に、孫やひ孫まで三十人ほどがズラリ。その中に、初めて見る初老の男性の姿があった。  長男の父が、代表で男性を紹介した。「Aさんは、実は僕のお兄さんにあたります。やっと連絡が取れたのです」。祖母が再婚だったことは、以前から聞いていた。最初に嫁…
一切の業障海は 皆妄想より生ず 若し懺悔せんと欲せば 端坐して実相を思え(仏説観普賢菩薩行法経)
 世の中の過ちは、みな自己中心の転倒したものの見方、考え方からおこっているのです。もし、それを悔い改めようとするならば、相手の立場や気持ちになって、ものごとを冷静にみることです。 ◇  高校時代、私の所属するバスケットボール部で、K先輩が新しく主将になった。K先輩は自分で組み立てた練習を部員たちに強いた。それは、部員の気持ちに緩みが出たのを察したからだった。  生徒が練習メニューを決…
名を聞き(観世音菩薩普門品)
 凡夫にとっては、名というものが非常に大きな役割をもっているのです。名を聞いて、実体を思い浮かべることができるからです。 ◇  大学生時代、東京・港区のある結婚式場でアルバイトをしていた。新郎と新婦の衣装箱を運び、衣装室と着付け室を往復する裏方だ。春のシーズンともなれば一日四十組の式があり、朝から晩まで休む暇もない。  ほとほと疲れたある日の午後、業務用エレベーター前の狭い空間に、一…
大清浄の願を発せり(観世音菩薩普門品)
 観世音菩薩は、衆生の苦しみを一切引き受けようという誓願をされました。それは、自分が代わりに苦しんで、相手を楽にしたいという願いです。 ◇  四歳ごろのことだ。テーブルに置いてあったおまんじゅうを食べた。ほとんど食べ終わった時、それがカビていたことに気づいた。ほかのを見ると、裏がカビだらけだ。<たいへんだ!>。私は隣の部屋にいた父の元へ走った。  「パパ、どうしよう。カビ、食べちゃっ…
慇懃に毎に其の子を憶う(信解品)
 仏さまは、言葉に表さなくても、その子が受け止められるような思いを繰り返しかけ続けてくださっているのです。 ◇  小学校六年生の夏、学年の親子マラソン大会に、父が「一緒に参加したい」と言い出した。私はすぐさま「いや」と返事をした。  「いや」と言ったのには理由があった。父は同級生のお父さんたちよりも老けて見える。それが恥ずかしかったからだ。若白髪のため頭は真っ白だ。<もっと若くてかっこい…
唯願わくは我を観、我が所説を聴きたまえ(仏説観普賢菩薩行法経)
 み仏よ、どうぞ私の心の奥を厳しくご覧になり、サンゲいたしますことをつぶさにお聴きください。 ◇  K子はクラスの人気者だった。友人からの人望も厚く、よく相談ごとを持ちかけられた。小学校六年生のときのことだ。  『あなたの悩み解決します』。昼休み、教室の隅に机を置き、看板を掲げるようになった。級友から「人生相談係」と呼ばれ、いつもだれかが話をしに来ていた。友人関係、恋愛、身体上の悩み…
一切の人を視ること猶お仏の想の如くし、諸の衆生に於て父母の想の如くせよ(仏説観普賢菩薩行法経)
 一切の人を見る時は仏の心となって見、すべての衆生に対しては父母のような慈悲をもって当たらなければなりません ◇  先輩記者の影響もあって、いつしか映画『男はつらいよ』を好きになった。監督の山田洋次さんには、人の生き方の基本をいくつも教えられた。過日、山田さんの講演を聴いた。山田さんの映画の中に『息子』という作品がある。主人公は地方から東京に出てきた青年。その青年が恋をするヒロインは、…
滅相(薬草諭品)
 すべての人間が、他人の苦しみや喜びを自分のことのように感じられる境地に達したら、どんなに平和な世の中になることでしょう。 ◇  都内のリサイクル施設を見学した。「ここでは、ビンや缶が資源に再生されます」。背広の前ボタンをきちっとかけた営業部長のMさんが、汗を拭きながら見学者に説明した。 ビンのリサイクル方法は二つある。一つは、製造業者が引き取り、再度、利用する。もう一つは、色分けして…
父毎に子を念う(信解品)
 父は、かたときもその子のことを忘れたことがありません。 ◇  物心がついた時分から、私は父を嫌い、遠ざけていた。  狭い部屋。親子四人が枕を並べて眠った。毎晩、耳にしたのは、延々と繰り返す父の愚痴。「あいつ、おれに仕事を押しつけやがって……」。弱さをひけらかすかのような姿は、幼心にも大きな不満だった。  中学生のころから、家に居つかなくなった私は、警察の厄介にさえなった。家で待つ…
舌の過患無量無辺なり(仏説観普賢菩薩行法経)
 口の過ちが引き起こす災いは計り知れないものがあります。相手に癒しがたい傷を与えるのです。 ◇  わが家には六歳になる娘がいる。“一人娘”ということで親の目も集中する。だから、子どものちょっとした言動が意に反すると妻と二人で口を出してしまう。「さっさと歩きなさい」「早く寝なさい」「ご飯をこぼすな」……。  さらに、ふてくされている姿に、追い打ちをかけて「すぐいじける。素直じゃないんだ…
我両つの臂を捨てて必ず当に仏の金色の身を得べし(薬王菩薩本事品)
 わたしは両の腕は捨てたけれども、かわりに金色の仏の身を得ることができたと信じています。 ◇  小学校のころ、友達とよく自転車で近所を散策した。自分たちの縄張りをつくり、他校の生徒がやって来ると、「ここは俺たちの遊び場だ」と、石を投げつけよくケンカをしたものだ。  だが、その悪童連中も、手の出せない子が一人だけいた。彼は、同じ年ごろだったが、両足に義足を付け車イスに乗っていた。彼は時…
思惟して諸法の戯論の糞をケン[ケンは「益」に「蜀」]除せしめたもう(信解品)
 人生苦が生じた時、お釈迦さまは何かを拝んだり、「だれかに頼みなさい」とは決して指導されませんでした。世の中の成り立ちやいのちの根源など、根本的なことをじっくり考える大切さを説かれていたのです。 ◇  延々と自問自答を繰り返し、自らが取材したものを活字にしていく。その度に物事を深く掘り下げ、考えることの厳しさ、難しさを痛感させられる。  物事に対する理解がどんなに薄っぺらなもので、い…
我一切を観ること 普く皆平等にして(薬草諭品)
 すべての人びとを平等に見なさい。すべての人に対して限りなく慈悲を与え、分け隔てなく教えを説かれるのが仏さまです。 ◇  大学時代、イランを訪れたときのことだ。ムスリムの礼拝場所であるモスクに行った。礼拝を終え、外に出ようとしたとき、だれかが私の足にしがみついた。 老女だった。泣いていた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。  理由はこうだった。日本に働きに行った息子から、ずっと…
我今娑婆世界の釈迦牟尼仏の所に往き、並に多宝如来の宝塔を供養すべし。時に娑婆世界即ち変じて清浄なり(見宝塔品)
 仏性をあがめられるようになると、娑婆世界はたちまち仏性だけの清浄無垢な世界へと変わるのです。 ◇  以前は部屋の中でたばこが吸えた。しかし、妻が煙を嫌がり、いつのころからか換気扇の下に追いやられ、娘の生まれた今ではベランダだけが唯一の喫煙場所になった。  秋は虫の音を聞きながらと風流だが、夏の蚊と冬の寒さは、ちとつらい。寝覚め、食後、就寝前とこの喫煙所を利用する機会も多いが、夫婦ゲ…
火来つて身を逼め、苦痛己を切むれども心厭患せず(譬諭品)
 私たち凡夫は、ごうごうと燃え盛る火の真っただ中にいます。しかし、火の勢いがすぐ近くまで迫っていながら、そのことに気づきません。人生のはかない楽しみに執着するあまり、貪欲の炎から逃れることができないでいるのです。 ◇ 二年前のことだ。朝、いつものように目を覚ました。起きようと思って布団をガバッとはね上げた。が、起きられない。<うそだろう>。次第に、めまいや吐き気に襲われ、意識が遠のいてい…
観音妙智の力(観世音菩薩普門品)
 苦難に遭ったときにはねかえす内面的な力、その苦難から栄養をとって成長する不可思議な心の力を観音妙智の力というのです。 ◇  「若いころ、私は幾度家を出ようと思ったかしれなかった」  大学進学のために私が上京する前日の晩、コタツを挟んで母がそう話を切りだした。母の人生への回顧を聞くのは初めてだった。  母は四人兄妹の末っ子として生まれた。当時、家は二町歩ほどの農地を使用人を雇って耕…
其の音声を観じて(観世音菩薩普門品)
 観世音菩薩は、あらゆる人の苦しみや、望んでいることを明らかに見通し、それぞれにふさわしい方法で解脱させ、望んでいる方向へ導いてくれます。 ◇  子どもは空想の世界で遊ぶことができる。例えば、A子さん(33)の二男K君(3つ)も、先日は自宅の六畳間で、“海釣り”をした。  部屋に立てかけた雨天用の簡易式物干し竿を持ち出し、太公望を決め込む。目の前には、大海原が広がっているのだろう。「…
若し仏の授記を蒙りなば 爾して乃ち快く安楽ならん(授記品)
 もし仏さまから、おまえも仏になれるぞと、ひとことおっしゃって頂けましたら、私どもの心は安らかになることでしょう。 ◇  中学一年生の時だった。英語の先生が、教室に入るなり、怒りをあらわに言った。「この中に、私の信頼を裏切った人がいます! 一つしかない大事な発音練習用カセットテープを、借りたまま返さない人! なくしたなら正直に言えばいいでしょ。先生はその人が自分から申し出るのを待ってい…
意趣解り難し(方便品)
 人びとは仏の真意がどこにあるのか、なかなか悟ることができません。 ◇  クラスの中に一人の暴れん坊がいた。O君。だれにでも突っかかり女の子にも平気で暴力を振るった。小学校四年のときのことだ。  目に余る彼の行状に対して、クラスが結束した。「O君をクラス会議にかけよう」。O君は一人、教室の前方に立たされた。彼から受けた暴力をみんなが口々に並べ立てる。先生は成り行きを見守るだけ。クラス…
是の如き法相を観ぜよ(安楽行品)
 ものごとの真実の相(すがた)を正しく観ることに徹すると、自他一体の実感がわきます。そこから本当の慈悲がわき起こるのです。 ◇  「通知表をなくしました」。三学期が始まって間もなく、A子ちゃん(11)が悪びれた様子もなく言った。子どもたちのよりよい成長を願ってつけた通知表。<大事なものなのに>。M先生の心に責める気持ちがわいた。  A子ちゃんは二学期の成績が良くなかった。生活面でも友…
能く諸の勤め難きを勤めたまえるに帰依したてまつる(無量義経徳行品)
 最高の智慧を成就された(すがただけでなく)そのご努力に、心から帰依申し上げます。 ◇  出張先での夜、公園の街灯下で、ダンスの練習に打ち込む若者たちに出会った。仕事を終えてからの練習は毎日、深夜近くにまでなると教えてくれた。  メンバーの一人K子さん。二十四歳。昼間は、古着屋を営みながら、プロを目指し、ダンスに打ち込んでいる。「多くの人にダンスを見てもらいたい。そして、みんなと楽し…
其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり(譬諭品)
 仏さまにとって宇宙のすべてのものはわが子です。だからこそ常に親身になってつくさずにはいられないのです。 ◇  先日、引っ越し荷物を整理していると、押し入れから小学生時代の通信簿が出てきた。黄ばんだ表紙には、一年四組と判が押してある。荷物整理の手を休めて中を開いてみた。 しばし、絶句した。成績は、『よい』から『劣る』までの五段階評価だったが、ほとんどの科目が『劣る』の欄に〇がついていた…
我一切を観ること普く皆平等にして 彼此・愛憎の心 あることなし(薬草諭品)
 私たちは利己心から特定の人だけに愛情を注いでみたり、憎しみの感情を抱くことがあります。しかし仏さまは常にすべての人々を平等に見ています。自分の身を危険に陥れた相手にさえ、救いの手を惜しみません。何もかも包み込み、すべての出合い(縁)を生かす--それが仏さまの大慈悲心なのです。 ◇  だれにでも真心をもって接する。それは口で言うほど簡単なことではない。どんな見返りも決して求めず、たとえ…
王髻の明珠を解いて 之を與えんが如し(安楽行品)
 最も戦功のあった兵士に、王は自分の髻に秘していた大切な明珠を与えた。 ◇ 髻中の珠の譬えに引かれている一節である。王が兵士に下賜した明珠は、説き明かすべき時が到来するまで、仏が密かに護持してきた秘蔵の経典・妙法蓮華経を表している。  王はなぜ、この兵士に明珠を賜ったのか。兵士が戦場で、もろもろの魔王と戦い、そして討ち取ったからである。兵士とはわれわれのことであり、もろもろの魔王とは、…
善知識(妙荘厳王本事品)
 善き友(指導者)に巡り合えればこそ、人は仏の智慧を得たいと発心するのです。 ◇  小学校五年のときだった。授業中、担任のM先生が突然、私たちに問いかけた。「みんなはどんな人が偉いと思う?」。 クラスメートたちは次々と発言した。「一生懸命働く人」「優しい人」「我慢強い人」「お金をたくさん儲ける人」……。私は何と答えていいのか分からなかった。<何て言おう。友達と同じじゃいやだな>。そん…
即ち其の父の為に而も偈を説いて言さく(薬王菩薩本事品)
 子どもは、父母のような大人たちをも教化する力を持っています。 ◇  一歳四カ月になる娘は、今、好奇心の塊だ。玄関にある靴を部屋へ持ち込んで履いてみたり、台所からじゃがいもやタマネギ、缶詰などを運んでみたり。  スーパーで買い物をしているときには、瀬戸物売り場の皿をいじったり、肉のパックをつついたり--。  何にでも興味を持つ時期だから仕方のない面もある。 だが、皿を割られたりした…
キョウ[キョウはりっしんべんに「喬」]慢多き者には持戒の心を起さしめ(無量義経十功徳品)
   おごり高ぶった人もこの教えを聞けば、自分の心や行いの間違いが見えてくるため、謙虚な心が起こってきます。 ◇  先日、出張からの帰り道、駅の公道にはみ出していた看板に頭をぶつけてしまった。幸い大事には至らず、二針縫う軽いけがですんだ。<何を教えて頂いているのだろう>。早速、主任のSさんに話し、物事の受け止め方を相談した。すると、こんな答えが返ってきた。  「ご守護を頂いたのね。頭を…
処処に惑著して暫くも停まる時なし(仏説観普賢菩薩行法経)
 確固たる信念がなければ、外部からの刺激のままに、その場その場の表面のことがらにとらわれ、惑わされっ放しなのです。 ◇  玄関のチャイムが鳴ったので、四歳の二男と遊ぶ手を止めドアを開けた。小学三年生くらいだろうか、見かけない少年が立っていた。虫取り網を手にしている。  「あそこにハチの巣があるんです」。少年が話し始めた。あそことは、すぐ近くにある空き地のことだ。休日の午後、急いで玄関…
善知識(提婆達多品)
 最高の善友とは、人生をどう生きねばならないかという問題に眼を開かせてくれる友であると言わなければなりません。親愛な友人の姿をとらず、かえって憎々しい相手として現れることもしばしばあります。   ◇  中学時代、私が所属したバスケットボール部顧問のO先生は、厳しい指導と堂々とした体躯から、“鬼かぶと”と恐れられていた。毎朝六時半から五キロのランニング、腹筋、腕立て伏せ……。O先生の怒鳴り…
廣く智の方便を修して(観世音菩薩普門品)
 人の気持ちがよく分かる。考えていることもよく分かる。そして、今その人のためにどんなことをしてあげるのが一番正しいのか、その判断がひとりでに的を射る。観世音菩薩はそのような修行を完成しておられるのです。 ◇  「お会式」に向けて万灯行進の練習が行われている。この時期が来ると、T支部長さんとの思い出がよみがえってくる。  学生時代、鉦の責任者のお役を頂いた。鳴り物のリズムを教会独自にア…
性欲無量なるが故に説法無量なり(無量義経説法品)
 人々の機根も、性質も、欲望も千差万別ですから、それぞれの人に説く教えも、当然千差万別にならざるを得ません。 ◇  小学校五年のとき、理科の授業で顕微鏡を扱っていた。観察を終えた私は、次に顕微鏡をのぞき込む女の子を見て、いたずら心を起こした。  顕微鏡下部にある採光用の鏡の前に手をかざし、観察ができないようにした。仲のよかった彼女の、怒り、困った顔を見て面白がった。  次の瞬間、す…
童男・童女の身を以つて得度すべき者には、即ち童男・童女の身を現じて為に法を説き(観世音菩薩普門品)
 観世音菩薩は、男の子や女の子の姿をとって、救うべき相手に対しては、それに応じた姿となって現れて法を説かれます。 ◇  二十一年前、Fさん(27)の父親が蒸発した。それからというもの、母親は朝早くから夜遅くまで働きに出た。Fさんは二歳年下の弟の面倒を見ながら、毎日ジッと母親の帰りを待っていた。寂しかった。いつしか、家族を捨てた父親を恨むようになっていた。  その後、Fさんは愛する女性…
仏種は縁に従つて起る(方便品)
 仏種とは仏性のことです。特別な人だけが仏になれるのではなく、すべての人が仏になれるのです。仏さまはそのことを明らかに知っているので、さまざまな縁を通して、私たちを仏の道へと導いてくださっています。 ◇  地下鉄でのことだ。通勤ラッシュは過ぎ、車内の乗客はまばらだった。しばらく電車に揺られていると、向かいの席に座っている初老の女性が、ビニール袋に嘔吐しているのが目に入った。おなかも押さ…
憶想妄見の網の中に入りなん(如来寿量品)
 自分本位の見方のために、物事の真相を見誤って、あらぬことをいろいろと思いめぐらし、悩んだり、不幸になる例は無数にあります。 ◇  大学二年の秋、休暇を利用して中国を訪れた。揚子江を下る観光船の中で、かっぷくのいい初老の男性から話しかけられた。「中国語は話せない」と筆談で答えると、男性は豪快に笑い、肩をたたいて私に握手を求めた。私を食事の席に招き、船を降りてからは、宿の手配までしてくれ…
諸の菩薩所行の處に住す(十功徳品)
 この教えは、人々が菩薩行を行うその実践の中にこそ、存在するのです。 ◇  東京では、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。この季節になると私は、必ずあの時のおばあちゃんを思い出す。  数年前の冬。日本海側のある教会へ取材に伺った。その日は、道場で「文書布教の集い」が行われていた。「記者さん、聞いていってくださいな」と文書布教部長さんに誘われ、部屋の片隅で皆さんの体験を聞かせてもらった。…
寂然宴黙にして 天・龍恭敬すれども以て喜とせざるを見る(序品)
 心が静かで、口数が少なく、ゆったりと落ち着いており、たとえどのような人から尊敬され、褒め讃えられようとも、有頂天になったりしません。人間の一つの理想の姿です。 ◇  写真家のYさんと出会ってから、今月でちょうど一年がたった。  「自分が美しいと感じたら、シャッターを押しなさい」「写真は被写体との共同作業。人でも、植物でも、空き缶でも、何に対しても愛情を持って。でないと、いい写真はで…
諸の散乱の者には禅定の心を起さしめ(十功徳品)
 身の回りに起こる現象に心がかき乱される人も、無量義の教えをしっかり理解すれば、移り変わる現象に振り回されず、いつも静かで安定した心境でいられるのです。 ◇  M美(40)とA子(21)は年に一度、クリスマスイブを母娘水入らずで過ごす。その晩はクッキーやマフラーなど、互いに手製のプレゼントを交換する。二人のささやかなイベントは、今年で三年目になった。  A子には悲しい思いをさせてきた…
忍辱の地に住し(安楽行品)
 どんな困難をも寛容な精神で受け止め、また、いかなる称賛や尊敬にも決して有頂天にならない。常に平静な心が保てると、どんな修行にも喜びを感じるようになるのです。 ◇  ある養護施設に高校入試を間近に控えた中学生がいた。家庭内の複雑な事情で、彼は幼い時から親元を離れて暮らしている。いつか必ず家族が迎えに来ると信じて……。  彼には自分専用の勉強部屋もなければ、塾に通う小遣いもない。しかも…
大慈悲を発し普く一切を念ぜしめん
 「諸仏は修行者の身を照らし、大慈悲をもって一切の人々のためを念ずる心を自然に起こすようにみちびかれるでしょう」 ◇  元旦に届いた年賀状の中で、ひと際美しい、そして懐かしい文字に目が留まった。書道の得意な大学時代の友人H子からのものだ。教壇に復帰できたと書いてある。私は胸をなで下ろした。  彼女のSOSを受けて仲間が集まったのは一昨年の秋。新婚五カ月、幸せいっぱいと思っていた私たち…