生き方つながるコミュニティ こころーたす

林医師の挑戦 -人生の最期に必用な医療とは-
立正佼成会附属佼成病院(東京・中野区)1階の院長室は、今日も人の気配がなく、静まり返っていた。4月に就任したばかりの新院長の姿はそこにはない。 「こんにちは、調子はいかがですか」。やわらかな陽の光が差し込む「緩和ケア・ビハーラ病棟」の談話室で、院長の林茂一郎医師(60)は、患者に寄り添って会話を楽しんでいた。患者の傍らこそが、長年臨床医を務めてきた新院長の、日常の“居場所”だ。 佼成病院に…
“今”を支えることはいのちを支えること
 「先生、俺、分からなかったんだ。かみさんが何時何分に亡くなったのか。親せきにどう伝えればいいのかな」。男性は林医師にそう訴え、まだ温かい妻の足に触れた。  「分からないほど奥さんは落ち着いていた、そう伝えればいいのですよ」。林医師が言うと、男性は穏やかな表情を浮かべた。妻は、夫が足をさすりながら話しかけている間に亡くなった。  林医師は患者の家族に「そのときを見つけないでほしい」と告げる…
医療に携わる者の精神 日々の生活の中に「感謝」を創り出す
 病棟の面談室で、林医師は、見学に訪れた他病院の看護師に囲まれて質問を受けていた。  「一般の病棟でもビハーラのように患者さんに寄り添った医療が可能でしょうか。うちの病院では医師に理解してもらえるかどうか」。林医師は看護師の訴えにうなずき、「可能ですよ」と答え「『心』があるかないか、そこが大事ではないでしょうか」と優しいまなざしを向けた。  ベッドが乱れていたら直す。寝巻きを整えてあげる。…
病人を診るということ もう一つの「カルテ」が医師と患者をつなぐ
 「薬の処方せんはありますが、私は医師としてもう一つ、心の処方せんを書きたいと思っています」。ある医師学会の席上、林医師はそう意見を述べた。中には首をかしげる参加者もいた。しかし、林医師は動じない。この3年半のビハーラでの経験から「検査の結果よりも大切なデータ」があることを確信しているからだ。  林医師は、患者の病状や使用した薬などを書き記したカルテの欄外に、緑のボールペンで患者の特徴や食事…
患者にとっての食 食べることは生きること 患者の「食べたい」を大事に
 午前零時。ナースコールを受けて病室を訪れた看護師に、男性患者が何かを訴えてきた。病状が進み、話すことが困難な患者の口元に耳を寄せ、看護師はその言葉を聞き取る。「アイス?」。看護師が言うと男性は大きくうなずいた。病室の冷凍庫からアイスを取り出し、男性の口に運ぶと満足そうな表情を見せた。食べることができたのはわずかふた口だった。その晩、30分おきにナースコールは鳴り、「注文」は続いた。  ビハ…
最期を過ごす場所 わが家のような居場所「生活」感じる空間に
 「わぁ、きれい!」。12月のある日、女性患者の部屋を訪れた看護師は思わず声をあげた。床には赤いポインセチアの植木鉢が並び、サンタクロースや雪だるまの置物がいたるところに飾られていた。寝たきりになった妻のために夫が部屋にデコレーションを施した。「こっちも見て」と女性がうれしそうに言う。看護師は壁の電飾を見つけ部屋の明かりを消した。赤や緑の光が部屋中に広がり、穏やかな時間が流れた。  「たとえ…
季節感のあるイベント 楽しいひとときを大切な思い出の一つに
 病棟の談話室にオルゴールのメロディーがゆるやかに流れていた。窓を覆う黒い布。画用紙で作った“十五夜”が掲げられ、テーブルでススキが揺れていた。9月25日に行われた「お月見」イベントの演出だ。患者や家族が続々と談話室に集まる。「もうこんな季節になったんだねぇ」。一人の男性がしみじみ言うと、車いすを押している妻は笑顔でうなずいた。夫婦はスタッフ手製の月見団子とお茶を味わい、再びテーブルのススキに…
ヘルパーの力 患者の日常生活に自然な形で溶け込む
 患者に人気の“若き”ヘルパー瀬戸良尚さんは自身のことを「何でも屋」と言う。患者の介助はもちろん、談話室の水槽の掃除やテレビの修理、病棟内に季節感のある飾りつけを行うのも瀬戸さんの役目。今や病棟になくてはならない存在だ。  看護師たちは「瀬戸君は細かい心遣いができ、患者さんにとって空気のような存在」と口をそろえる。ある看護師は、「患者さんのそばにただいるだけで、会話がなくても違和感がない。そ…
遺族を招いたティーパーティー 亡き家族への思い 分かち合う貴重な時間
 「母の写真を持ってきたの。見てください」。患者の遺族が看護師に駆け寄った。看護師は写真を手にし、「いい顔してるわねぇ」と目を細めた。この日、遺族たちが続々と病棟の談話室に集まってきた。  病棟では、佼成病院主催の病没者慰霊式に合わせてティーパーティーを開いている。「亡くなったご家族との思い出を大切にしながら前に進んでほしい」。医師やスタッフのそうした思いからスタートし、今年で3年目を迎えた…
スピリチュアルケアワーカー 精神的な痛みを癒やし 一瞬の出会いに心注ぐ
 「大丈夫ですよ。そばにいますからね」。患者のベッドの横で一人の女性が、わが子に語りかけるように穏やかな口調で言った。普段着にエプロン。看護師でも家族でもない。胸のネームプレートには『スピリチュアルケアワーカー(心の相談員)』(以下ケアワーカー)と記されていた。  「スピリチュアルケア」とは、宗教心を基盤とした精神的なかかわりを提供すること。設立当初から、本会の要請を受けた会員が患者や家族の…
病棟ボランティア “普段着”のかかわりが患者の心癒やす存在に
 病棟に入ると、廊下の壁に写真が飾られている。『私たちボランティアです』。写真の中の6人の女性はピンク色のエプロンを身につけ、微笑んでいた。写真の下にはローテーション表が張られている。ある女性患者が一人のボランティアに「来週の今日、また会いましょうね」と声をかけた。  ボランティアの姿が病棟で見られるようになったのは今年4月ごろ。2月に病院がボランティアを募集し、研修や病棟での実習を重ねた。…
ビハーラを支える人たち 周囲のサポート 自分のできることで患者や家族の力に
 病棟には、ボランティアのほかに、イベントなどを陰から支える人々の存在がある。  年の初めに行う「もちつき」は、佼成病院の喫茶室『パレット』の店主一家の協力が欠かせない。店を開放し、もち米を蒸かすのが大きな役割だ。患者や家族の目の前でもちをつく。時には高齢の患者にもちの丸め方を教わりながら、つきたてを一緒に味わう。店主の佐藤辰弥さんと令美さん夫婦は、「私たち自身がお祭り気分で楽しませてもらっ…
穏やかな時間 痛みの緩和が安らぎを取り戻す
  暖かな日差しが差し込む自宅のリビングで、山崎喜代さんは、夫・泰宏さんの写真を見つめた。写真のまわりには、泰宏さんが愛用していた眼鏡や帽子、万年筆などが飾られ、「孫が持ってきた」というキャラメル2粒とドロップの缶が置かれている。「痛みがひどかったときには、食べることが億劫(おっくう)になったのか、こんなものばかり口にしていたからね」。喜代さんはそうつぶやいたあと、「でもね……」と続け、「ビハ…
生きる力 スタッフの気配りが患者や家族の“安心”に
 「皆、私たちと同じ気持ちなのね」。山口紀久子さんと姉の三知子さんは笑顔で顔を見合わせた。今秋、佼成病院が遺族を招いて実施した病没者慰霊式。参列した紀久子さんは、林茂一郎院長に駆け寄り感謝を伝える遺族の姿を見て、兄の士郎さんがビハーラで過ごした日々を思い返した。  士郎さんは、今年1月、40年間過ごしたカナダから帰国した。その後、体調がすぐれず入院。白血病と診断された。病院では、士郎さんや家…
最期を過ごす場所 亡き人への追慕 温かい思いに包まれて
 「わずかですが、とてもいい時間でした」。松原淑予さんはそう言いながら、夫の写真を見つめた。スーツ姿で穏やかな表情を浮かべるのは、昨年3月14日に57歳で亡くなった松原通雄・本会前外務部長。ビハーラには、亡くなる前日に入棟した。  通雄さんは2005年夏に胃がんの手術を受けた。一度は職場に復帰し、翌年の「開祖生誕100年」、第8回WCRP世界大会の準備に尽力した。その後、年明けと同時に体調を…