
- セルビア(上) 安定への道 険しく
-
4年前に「ゆめポッケ」が初めて届けられたとき、同地は「ユーゴスラビア連邦セルビア共和国」という国名だった。しかし、今春、「ユーゴスラビア」の文字は消えた。新たな国名は、「セルビア・モンテネグロ」(セルビア、モンテネグロの両共和国で構成=現在はセルビア共和国、モンテネグロがそれぞれ独立)だ。
首都・ベオグラードの中心街にはヨーロッパ風のカフェが立ち並び、人々の団欒の様子が見られる。街並…
- セルビア(下) 「私たちを忘れないで」
-
難民が直面している問題に、「住宅」がある。政府は先ごろ、セルビア内に300ある難民収容センターのうち、100棟を今年中に閉鎖することを発表した。難民の平均収入は一般市民の約半分。アパートや家を借り、一家が生活していく経済力はない。
セルビアではいま、「難民・避難民」と、以前からその土地に暮らしている「一般市民」とが、動き出したばかりで未成熟な「資本主義」という社会システムの中…
- レバノン(上) 祖国へ帰りたい
-
レバノンではまず、首都・ベイルート市内にあるシャティーラ難民キャンプを訪れた。1982年、イスラエル軍によって多くのパレスチナ人が虐殺された場所でもある。その「大虐殺現場」の通りから細い路地に入ったところで、一人の少女に出会った。
サマル・アリ・キラニさん、16歳。現在、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の運営する高校に通っているという。「外科医になるのが夢でした。パレスチ…
- レバノン(下) 子供こそ希望の星
-
パレスチナ難民キャンプ内には、あちらこちらに彼らの祖国・パレスチナの国旗が掲げられていた。赤、緑、白、黒の4色で表されている。家庭では壁につるしたり、家具にそのシールを張ったりしていた。
「ゆめポッケ」の受け入れ団体『社会福祉と職業訓練のための全国協会』の代表者で、パレスチナ人のカサム・アイナ氏は、彼らの愛する国旗について、次のように説明してくれた。
「赤は革命を、緑はいのち、そして…
- 英国・北アイルランド “壁”を取り除く役
-
長年にわたり、カトリックとプロテスタントの抗争が続いた英国・北アイルランド。ここにも、「ゆめポッケ」が届けられている。
かつて激戦地として知られ、「爆弾都市」と言われた町・ベルファストには、レンガ造りの新しい家が立ち並ぶ。遠方に見える小高い丘にはのどかな草原地帯が広がっていた。平和なヨーロッパの都市をほうふつさせるそのさまに、一見、激戦の跡はうかがえない。
北アイルランドの人口は約1…