生き方つながるコミュニティ こころーたす

名僧・高僧は驚くべき長寿だった 食事中も教えに沿って
 古今の仏教者、とりわけ名僧・高僧といわれた人たちは、おおむね健康に恵まれ、長寿の人が多い。鎌倉時代の法然上人80歳、親鸞上人89歳、栄西禅師74歳、一休禅師88歳、江戸時代の白隠禅師83歳、天海僧上104歳、というように4、50歳代でも、はや高齢者といわれた時代にあっては、まさに驚くべき長寿である。  “昭和の名僧”といわれた人たちにも長寿者がいる。山田無文師88歳、大西良慶師105歳…
松原泰道師の巻 無理、無駄、無情をしない
 “現代の説法師”といわれる松原泰道師(「南無の会」会長)は、今秋で満93歳を迎える。耳が少し遠くなったこと、歩行が少し困難になったこと以外は、すこぶる健康だ。顔つやもいい。得意の舌鋒はいささかも衰えていない。「この齢になると、どこか悪いところがないとかわいくないですからね」。  泰道師の生活は、文字通り東奔西走の日々である。講演は7月だけでも19回を数える。月刊誌の連載は5本。近々百…
大西良慶和上の巻 よく食べよく働きよく眠る
 分かりやすい言葉で大衆に仏法を説き、広範な社会福祉活動や平和活動に挺身し、“昭和の名僧”といわれた大西良慶和上=元清水寺貫主=は、108歳の天寿を全うした人であった。清水寺で何十年も続けられた暁天講座は有名で、また、昭和51年、その年に話題となった五つ子の名付け親としても知られた。  その大西和上の長寿の秘けつは、直弟子に当たる森清範現貫主の話によれば、「若いころからよく足を使われたこ…
山田無文老師の巻 天然自然の力を信頼
 「馴れないうちはいやかも知れん。つらいかも知れん。けれども一日に一度は、たとえ五分でもよろしい、じっと坐ってみてほしい。必ず心が清らかに澄みきってきます。坐禅の習慣を身につけて、一生実行していって頂きたい。必ず、体も健康になり、精神もさわやかになり、なるほど坐禅はよいことだと、身をもって分かって頂けると思うのです」  江戸時代の禅僧・盤珪禅師や白隠禅師と同様に、平易な日常の言葉で仏法を語り…
山田惠諦座主の巻 ちょっと遠い将来に目標を
 聖徳太子ゆかりの地、太子町(兵庫県損保郡)に生まれた山田惠諦元天台座主は、聖徳太子と同じ命日(2月22日)に亡くなった。百歳まであと一歩という大往生であった。しかも臨終の時間が午後2時53分で、比叡山延暦寺第二百五十三世住職という奇しき因縁でもあった。  その長寿を全うした山田座主は、小さいころは寝込むことの多いひ弱な体質だった。そのため、中学時代には当時流行っていたテニスで体を鍛えた…
白隠禅師の巻 無欲、枯淡、簡素の生き方
 江戸時代の禅僧・白隠禅師は臨済宗の中興の祖として知られた人物だ。有名な『坐禅和讃』は、民衆に法華経の教えを分かりやすく説いた書ともいわれ、篤信の法華経行者でもあった。彼は20歳のころから、師を求め、悟りを求めて諸国を行脚し、生涯に旅した寺は百六カ寺にのぼった。修行の末、悟りを得てからも、民衆の教化や弟子の育成のために全国を歩いた。84歳でその生涯を閉じた。  長寿を全うした白隠禅師では…
栄西禅師の巻 茶は養生の仙薬
 日本茶や中国茶を嗜むことが、今静かなブームになっている。それ専門の喫茶店まで出現している。「お茶が健康によい」ということが、その理由らしい。今から800年ほど前、同じ理由で中国から日本にお茶を持ってきたのが、臨済宗の祖・栄西禅師(1141~1215)である。彼は27歳と47歳の時、2度入宋(中国に渡る)し、天台密教や臨済禅を学ぶと同時に、当時貴重品だった茶の実を日本に持ち帰り、『喫茶養生記』…
松野宗純師の巻 「よせい」を信条に
 松野師は、かつては猛烈な“会社人間”だった。慶応義塾大学工学部卒、米国レンセラー工科大学大学院に留学、マサチューセッツ工科大学経営学部に学び、のちにエッソ石油の代表取締役副社長になる。その間、2度の石油ショックを経験し、営業戦略を見直し、大胆な会社の構造改革を図った。仕事はバリバリやった。部下も厳しく鍛えた。  そんな松野師が、昭和61年4月、突如、出家得度し、仏門に入った。そして禅修行に…
安井玉峰師の巻 一息一息の中に生きよ
 「元気な赤ちゃんが安産で生まれますように」「子供が小学校に無事、入学できました」「お陰さまで子が授かりました」--大悲山佛母寺の茶務所に置いてある『心の落書帳』には、参拝者のさまざまな言葉が書き綴られている。千葉県で有数の観光地・マザー牧場に隣接した佛母寺は、「子授け・安産・胎教」の寺として、また“花の寺”としても知られている。  この寺の住職が安井玉峰師である。昭和9年、京都の日本画…
河野慈光師の巻 合掌と笑顔と感謝で
 河野慈光師は、ある意味で大変ユニークな尼僧である。大阪薬科大学を卒業し、薬学士、環境衛生技師の肩書を持ち、亡くなったご主人の後を継いで薬品会社の代表取締役会長を務めている。“健康問題”について、一家言あるのも頷ける。  そんな慈光さんが、天台宗の僧籍を得たのは36歳の時。山田惠諦元天台座主の強い勧めによって、主婦の身でありながら仏門に入った。昭和42年、当時滋賀院門跡であった山田師の戒…
天海僧正の巻 気は長く勤めは堅く 色うすく 食細くしてこころ広かれ
 江戸時代初期に活躍した天海僧正(慈眼大師)は、徳川家康をして、初対面の時、「天海僧正は、人中の仏なり、恨むらくは相識ることの遅かりつるを--」と言わしめたほどの傑僧であった。天海僧正は天台宗の僧として将軍家康・秀忠・家光の3代にわたり、ブレーンとして絶対の信頼を受けたばかりではなく、織田信長に焼かれた後の比叡山の復興、川越・喜多院の再興、東照宮の造営、上野・寛永寺の建立などにも深く関わった人…
六つの効用 歩く・坐禅・読経・食事…高僧が説く心身の鍛練
 本欄で10人の仏教者の健康法を取り上げた。古今の仏教者、とりわけ名僧・高僧といわれた人たちに、なぜ長寿の人が多いのか。ひと言でいえば、「健康」に努めた人たちといえようか。そのような仏教者の健康法を見てみると、いくつかの共通項が浮かび上がる。1.足腰の鍛錬、特に歩くこと 2.坐禅と読経の効用 3.少欲知足と簡素の生活 4.自然との共生 5.食事と感謝の精神 6.心の鍛錬で、ストレス解消--これ…